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東京高等裁判所 平成4年(ネ)3655号 判決 1994年2月25日

平成四年(ネ)第三六五五号控訴人・平成四年(ネ)第三六九三号被控訴人(以下「控訴人」という。)

高橋章子

平成四年(ネ)第三六五五号控訴人・平成四年(ネ)第三六九三号被控訴人(以下「控訴人」という。)

中尾昤子

右両名訴訟代理人弁護士

瀬戸正二

平成四年(ネ)第三六九三号控訴人・平成四年(ネ)第三六五五号被控訴人(以下「被控訴人」という。)

有馬靖

右訴訟代理人弁護士

市来八郎

佃俊彦

主文

一1  原判決主文第二項を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人高橋章子に対し、別紙物件目録(二)の二記載の建物のうち別紙物件目録(一)の四記載の土地上にある部分を収去して、同土地を明け渡せ。

3  被控訴人は、控訴人中尾昤子に対し、別紙物件目録(二)の二記載の建物のうち別紙物件目録(一)の五記載の土地上にある部分を収去して、右土地を明け渡せ。

二  被控訴人の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

一当事者の申立て

1  平成四年(ネ)第三六五五号

控訴人らは主文同旨の判決(控訴人らは、当審において、有馬朝子に対する訴えを取り下げ、請求の趣旨を変更した。)を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

2  平成四年(ネ)第三六九三号

被控訴人は、「原判決主文第一項を取り消す。控訴人高橋章子は別紙物件目録(一)の四記載の土地につき、同中尾昤子は同目録(一)の五記載の土地につき、それぞれ被控訴人に対し、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は、第一、二審ともに控訴人らの負担とする。」との判決を求め、控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

二当事者の主張

当事者双方の主張は、以下のとおり付加ないし敷衍するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目表二行目から三行目<本誌八一三号二六七頁三段目5>を「5 本件建物の被控訴人持分は、昭和五六年四月九日、妻の朝子に贈与されたが、平成四年一二月二六日、朝子は、被控訴人に対し、本件建物の所有権を贈与した。現在、本件建物には、被控訴人がその妻の朝子とともに居住している。」に改め、同裏三行目末尾に行を変えて「なお、乙事件につき、桂と被控訴人らとの間で本件土地につき使用貸借契約が成立したことを予備的に主張する。」を付加し、同五枚目表三行目<本誌八一三号二六七頁四段目一一行目>の「朝子」から六行目までを「被控訴人に対し、右各土地上の本件建物部分を収去し、右各土地を明け渡すことを求める(乙事件)。なお、被控訴人主張の使用貸借契約は、被控訴人の背信行為を理由に解約した。」に改め、同五枚目表末行<同四段目四 争点の七行目>の「解されるか否か」の次に「、(3)桂と被控訴人との間で本件土地につき使用貸借契約が締結されているとした場合、控訴人らは、被控訴人の背信行為を理由として右契約を解約できるかどうか、(4)右解約に基づく本件明渡請求は権利の濫用に当たるかどうか」を付加し、同五枚目裏二行目<同一一行目>の「、原告らは」から四行目までを「予備的に主張している。」に改める。)。

(控訴人ら)

本件遺言は、本件土地を短冊型に具体的に四分割し、西側から順次四人の子に割り当て相続させるとしているものであるから、遺言の効力発生と同時にその遺産は当該相続人が承継し所有権を取得するというべきであり、これ以上遺産分割協議又は審判を経る余地はないものである。

朝子は桂に無断で本件建物を自己の所有としたため、これに怒った同人は、朝子名義の建物が存在することを承知の上で本件土地を四人の子供に相続させるとの遺言をしたものである。遺言者桂の意思としては、本件土地上の建物が除却されることを期待し、あるいは少なくとも除去されてもやむを得ないものとして遺言をしたものと推測される。

(被控訴人)

<書証番号略>の遺言書は桂自らが作成するといい出したもので、被控訴人はひな型の文面を書いて渡したものにすぎない。贈与契約書でなく遺言書という形式になったのも、法律専門家でない桂夫婦と被控訴人夫婦とが話し合った結果にすぎない。

なお、本件土地所有権の贈与に伴う贈与税は一〇〇〇万円を越え、建物新築資金二〇〇〇万円余りを負担した被控訴人らにとって多大な負担であり、被控訴人名義に所有権移転登記することには大きな障害があった。また、念書(<書証番号略>)は被控訴人ないしその妻に対して建物所有を目的とする借地権の贈与があったと税務署から認定されることを避けるため作成してもらったものである。

また、被控訴人夫婦は桂に対して孝養を尽くしているのであるから、同人が被控訴人に対して不満を抱いていたということは考えられない。公正証書遺言はどこまで桂の真意を表したものか疑問である。

三当裁判所の判断

1  当裁判所も、有馬桂から被控訴人に対し、本件土地が贈与された事実は認めることはできないと判断するが、その理由は、以下のとおり付加ないし敷衍するほか、原判決の「第三 争点に対する判断」の「一 争点1(贈与契約の有無)について」記載のとおりであるから、これを引用する。

借地権ないし土地の所有権のような重要な物件を贈与するという場合は、書面の形で意思表示されるのが普通であると考えられるところ、本件では被控訴人主張の贈与の意思表示があったことを証する書面は何ら存在しない。遺言書(<書証番号略>)は死後の財産の処分について意思を明らかにするものであることは法律専門家でなくとも常識であって、これをもって桂が生前に被控訴人に本件土地を贈与する意思を表示したものとは到底解されない。また、桂作成の本件借地権と旧建物に関する一切の権限を被控訴人に委任する旨の委任状(<書証番号略>)も桂の被控訴人に対する贈与の意思を表示したものとは解されない。むしろ、借地権と土地所有権との交換契約において桂が一方の当事者となり、同人名義に所有権移転登記がされていること、その後、桂と被控訴人との間で本件土地を被控訴人に無償で貸与する旨の念書が授受されていることに鑑みると、本件土地は交換契約後桂の所有になったのであって、被控訴人主張のような贈与は存在しなかったことが強く推定される。確かに、被控訴人主張のように、世上税金対策のため登記名義を仮装するといったことも行われないではないが、生前贈与をしたものの脱税のためあえて登記名義を仮装するというようなことをするより、普通は、贈与税の問題を考慮して生前贈与の方法はとらず、遺言により財産処分をする方法を採るものである。本件でも、桂は交換契約後間もなく被控訴人に本件土地を与える旨の遺言書を作成しており、桂が生前贈与の方法を採らないで遺言により財産を処分する意思であったことが充分窺えるのである。

以上のとおりであって、本件で被控訴人主張のような生前贈与を認めることはできないというべきである。

2  次に本件遺言により本件土地の所有権が直ちに控訴人らに承継されるかどうかについて判断する。

本件遺言は、「本件土地を四分割し、控訴人高橋にA土地を、控訴人中尾にB土地をそれぞれ相続させる。」というものであり、本件遺言の記載上遺贈と解すべき特段の事情も認められないから、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解するのが相当である。そして、この場合、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されると解される(最高裁平成元年(オ)第一七四号、同三年四月一九日第二小法廷判決等参照)。本件では右の特段の事情があるとは認められない。なお、確かに本件遺言当時からA土地、B土地にまたがって朝子所有(現在は被控訴人所有)の建物が存在していた(この点は当事者間に争いがない。)ため、本件土地を遺言どおり四分割すると、本件建物の措置を巡り相続人間で紛争の生じることが予想されていたとしても、前記のように、本件遺言は本件土地を四分割し、それぞれの土地をそれぞれの相続人に単独で相続させる趣旨のものであることは明白であって、これ以上遺産分割の協議、審判を経る余地はないものであるから、本件遺言の解釈として、遺産分割の協議、審判を経るまではA土地、B土地の所有権が控訴人らに承継されないと解する余地はないというべきである。なおまた、本件遺言によりA土地、B土地の所有権が控訴人らに当然承継されると解釈することが即本件建物の除去に繋がるともいえないものである。すなわち、後記のように本件土地には本件建物使用を目的とした使用貸借関係が設定されているから、本件建物が控訴人らによるA土地、B土地の相続後もそのまま存続できるか否かは右使用貸借契約の帰趨にかかっているのであり、相続により右使用貸借契約上の貸主の地位を承継した被控訴人らが使用貸借契約解約の意思表示をし、その結果として使用貸借契約が終了しない限り、本件建物はそのまま本件土地上に存続し得るのである。このように遺言により本件土地が相続人に当然に承継されると解することと、本件建物除去の問題は直ちに結び付くものではないから、遺言者が遺言当時遺言の結果本件建物が除去されることまでは望んでいなかったとしても、それ故に本件遺言は遺言の効力発生時に直ちに承継関係が生ずるものではなく、遺産分割手続を経ることを要求しているという解釈に繋がるものではないというべきである。

そうすると、本件A土地、B土地は桂が死亡した時に直ちに控訴人らの所有に帰したことになる。

3  ところで、被控訴人は、本件土地につき使用貸借契約が設定されていると主張する。確かに、原判決認定のように、桂は本件建物を本件土地上に建築することを承諾しており、桂と被控訴人との間で建物所有を目的とする使用貸借関係が本件建物建築のころ設定されたと認めるのが相当である。そして、相続によりA土地、B土地の使用貸主としての地位は控訴人らがそれぞれ承継したというべきである。

ところで、控訴人らは、被控訴人は貸主である有馬桂ないし控訴人ら両名に対し使用貸借関係を継続することを期待できないほどの背信行為を行ったので、平成三年一一月一九日の原審口頭弁論期日において、右使用貸借契約を解約する旨意思表示をした旨主張するので、この点につき判断する。

原判決認定の事実によれば、右使用貸借契約は、桂の息子である被控訴人が桂夫婦と同居しその扶養をすることが直接の動機となって本件建物を建築するに際して設定されたものであるが、同居後桂夫婦と被控訴人との関係は必ずしも良好でなく、晩年桂は被控訴人に対し強い不信感を抱き、その結果が本件遺言になったものであると認められること、原判決認定のように、本件では桂と被控訴人との間で本件土地を被控訴人に与えるとの遺言書や本件土地を無償で貸与するとの念書が授受されており、しかも、桂の死後被控訴人は右遺言書の検認手続をしたり、右遺言書に基づき相続による所有権移転登記申請をしようとしたりし、更には、控訴人らに、同人らがA土地、B土地を相続したという前提に立って買取りの話を持ちかけていることが認められる(<書証番号略>)から、被控訴人も本件土地の生前贈与はないという認識を持ち、その前提で行動していたことが窺えるにもかかわらず、被控訴人は、控訴人らに対し、桂の死後、桂から本件土地につき生前贈与を受けた旨主張し、処分禁止の仮処分を申請したり(<書証番号略>)、本訴を提起し、係争状態になったこと、使用貸借関係がこのまま継続すると控訴人らはA土地、B土地を相続したことによる利益を享受できないことになるから、本件遺言をした桂の意思としても、本件遺言の効力発生後控訴人らと被控訴人との間で被控訴人が控訴人らから右各土地を適正な値段で買い受けるなど両者の利益の合理的な調整が図られることを期待していたものと推認されるが、両者の間で利益の合理的調整が図られるに至っておらず(なお、裁判所の斡旋による和解も被控訴人の方で控訴人らに支払う金銭を用意することができないなどのため不成立になっている。)、控訴人らと被控訴人との相互不信の状態は抜き差しならぬものとなっていることが認められるのである(弁論の全趣旨)。このような状況を考えると使用貸借という無償で恩恵的な契約関係の基礎にある当事者間の信頼関係は既に完全に破壊され、貸主である控訴人らが被控訴人に対し本件土地を無償で使用させるべき実質的な理由はもはや存在しなくなったと認めるのが相当である。そして、このような場合は民法五九七条二項但書が類推適用され、本件使用貸借契約は控訴人らの前記解約の意思表示によって終了したものというべきである(なお、控訴人らが、平成三年一一月一九日の原審口頭弁論期日において、右使用貸借契約を解約する旨意思表示をしたことは本件記録上明らかである。)。

よって、控訴人らと被控訴人とのA土地、B土地の使用貸借契約は解約されたものということになる。

4  なお、被控訴人は、仮に被控訴人に背信行為があったとしても、控訴人らにはそれぞれ居宅があり本件土地部分を使用収益する必要性が皆無であるのに対し、被控訴人は、本件土地上に建物を有し、そこで生活しているので、仮に本件建物を収去して本件土地を明け渡すことになると、路頭に迷うことになるから、本件請求は権利の濫用に当たり許されないと主張する。

確かに被控訴人は本件土地上に本件建物を所有してそこに居住していることが認められるが、他方、原審における被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は配偶者と共有で逗子に約一〇〇坪の土地を保有し、また、新宿にもマンションを所有しているのであり、また、本件で明渡しが求められているのは本件土地の約半分の部分であり、残りの部分については明渡しを求められていない(四分の一は自分が相続し、長女の野並史子が相続した残りの四分の一についても現在明渡しを求められていない。)のである。したがって、A土地、B土地上にある建物部分を収去し、右各土地を明渡したとしても、被控訴人が直ちに路頭に迷うというようなことにはならないと認められる。そして、本件では、前記のように、使用貸借関係の基礎をなす信頼関係は既に破壊され、控訴人らが被控訴人に対し本件土地を無償で使用させるべき実質的理由はもはや存在しなくなったものであるから、使用貸借契約を解約してA土地、B土地の明渡しを求めることが権利の濫用になるとは到底いえないというべきである。

四結論

そうすると、被控訴人の請求は理由がなく、控訴人らの請求は理由があるから、控訴人らの請求を棄却した原判決主文第二項を取り消し、被控訴人に対し、控訴人高橋章子に対して別紙物件目録(二)の二記載の建物のうち別紙物件目録(一)の四記載の土地上にある部分を収去して同土地を明け渡すことを、控訴人中尾昤子に対して別紙物件目録(二)の二記載の建物のうち別紙物件目録(一)の五記載の土地上にある部分を収去して同土地を明け渡すことをそれぞれ命じ、被控訴人の本件控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官大坪丘 裁判官福島節男)

別紙物件目録(一)

一 所在 東京都大田区北千束壱丁目

地番 七〇〇番壱

地目 宅地

地積 (昭和五参年拾壱月拾四日分筆前495.86平方メートル)

二 所在 同所

地番 七〇〇番参

地目 宅地

地積 78.60平方メートル(昭和六参年九月五日分筆前314.12平方メートル)

三 所在 同所

地番 七〇〇番弐弐

地目 宅地

地積 78.55平方メートル

四 所在 同所

地番 七〇〇番弐参

地目 宅地

地積 78.50平方メートル(別紙図面A部分)

五 所在 同所

地番 七〇〇番弐四

地目 宅地

地積 78.46平方メートル(別紙図面B部分)

別紙物件目録(二)

一 所在 東京都大田区北千束壱丁目

家屋番号 壱四〇八番

種類 居宅

構造 木造瓦葺平屋建

床面積 193.38平方メートル

二 所在 東京都大田区北千束壱丁目七〇〇番地参

家屋番号 七〇〇番参の弐

種類 居宅

構造 木造スレート葺弐階建

床面積

壱階 86.12平方メートル

弐階 63.84平方メートル

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